おれはどうあっても三郎には敵わねえよ。

 つい先だってもこんなことがあった。
 その日、おれは三郎や雷蔵と一緒に、裏庭で自習をしていてな。
 そこに、一年は組の良い子たちが学園の外から泣きべそで帰ってきたんだ。
 評判の団子屋に皆で行くんだ――って、にこにこしながら出掛けていったのにな。どう見ても怪我をしてる子もいたものだから、何があったのかとおれたちは慌てて近付いた。

「何があったんだい、皆!」

「雷蔵先輩、三郎先輩、竹谷先輩」

 安心したのか泣き出した子供たちは、泣き声まじりにおれたちに訴えた。
 なんでも、子供たちは確かに最近評判の団子屋に出掛けたらしい。
 行商の団子屋なんだそうで、行き会えるかどうか、本当に美味しいのかどうか、と、なんだか珍しい祭りに行くような気分だったようだ。三治郎が先頭を走る姿が、目に浮かんだよ。
 皆は小銭と引き替えに、笹の葉で丁寧にくるまれた団子を受け取ったのだそうだ。団子をくるむところを、皆はちゃんと見ていたという。
 だが、それぞれが包みを剥がしてみると、中にあったのは石ころだったのだそうだ。

「お団子が石ころになっちゃいました!」

 当然、子供たちは団子屋に取り替えてくれるよう頼んだのだそうだが、団子屋は「君たちも団子をくるむところを見ていただろう」と、撥ね付けた。
 そこからあの子たちと団子屋は押し問答になり、悪質なことに、団子屋は子供たちに刃物を向けたそうだ。
 あの子たちは投石で応戦しようとして――まあ、いつものようにその石は全部自分たちに当たってしまったのだという。それで泣く泣く帰ってきたという訳だ。

 おれなんかは取り敢えずその団子屋に、二度と同じことをしないよう思い知らせることしか出来なかった。
 そういう意味では、ちゃんと子供たちの心を癒すことを第一に考えた雷蔵だって凄い。
 でも、あのとき真っ先に怒り出した三郎の行動はめざましいの一言だ。

「なんだ、そんな団子屋! 本当にろくでもないな!」

 声を荒げ、三郎はくるりと五年い組の担任である木下先生の姿に変じてみせた。もともと強面の先生ではいらっしゃるのだが、三郎の怒りを受けた表情たるや、虎若が悲鳴を上げたほどだ。

「何なら木下先生のお顔で懲らしめに行こうか! それとも、学園長先生か山本シナ先生のお姿で説教をしに行くのもいい。そうだな……伝子さんの姿で延々付きまとってやろうか!」
 くるくると姿を変えながら、三郎は子供たちと同じほど、いや、それ以上に怒ってみせる。
「それとも抜天坊の姿になって、お金を脅し取りに行ってやろうか」
 福々しいが、人相の良くない顔になったところで、しんべヱが「あの」と、困惑気味に声を上げた。

「あの、鉢屋先輩? ちょっと怒りすぎじゃありません?」

 さっきまであんなに怒り、悲しんでいた子供たちが、しんべヱも含めてじっとりとした表情になっている。
 小銭くらいで途轍もなく怒り狂っている三郎を見て、怒っていたはずの良い子たちはすっかり毒気を抜かれてしまったのだ。
 だが三郎は、今度は土井先生の顔になってこう言った。

「何を言う、まだ怒り足りない位だ! なんならこの姿で団子屋に言ってくるぞ。『悪い商売をしてはいけないと教えたはずだ!』ってね!」

 そのまま本当に歩き出しかけた三郎の背中を「もういいですってば!」と引っ張った子供たちの顔に、帰ってきてから初めて、怒りでも悲しみでもない色が浮かんだのをおれは見ている。
 あとで三郎に「いいのか?」と尋ねた。

「あの子たち、『鉢屋先輩はしょうがない』とでも思っているぞ」
 だが三郎は、いつも通り雷蔵の顔を借りたまま、やけに涼しく笑ったのだ。

「構うものか。忍びは人を欺いてこそ。汚名を受けたのならば、それはむしろ美名と誇るべきだ――なんて、な」

 ほら、これだから。

 おれは三郎に敵わないというのさ。






2014/11/23 十忍十色 五年ろ組アンソロジー「三位一体」告知フライヤー 「竹谷八左ヱ門の段」

PRESENTED BY 五年ろ組愛好会
SPECIAL THANKS 祥子様