僕はどうあっても八左ヱ門には敵わないよ。

 つい先だってもこんなことがあった。
 その日、僕は八左ヱ門や三郎と一緒に、裏庭で自習をしていてね。
 そこに、一年は組の良い子たちが学園の外から泣きべそで帰ってきたんだ。
 評判の団子屋に行くんだとにこにこしながら出掛けていったはずなのに、怪我をしている子さえいる。僕らは慌ててあの子たちに近付いた。

「なんだ、どうしたっていうんだ、その怪我!」

「雷蔵先輩、三郎先輩、竹谷先輩」

 ふああ、と、泣き出した子たちは口々に何があったのかを述べ立てた。
 それによると、彼らは矢張り、最近評判の団子屋に出掛けたのだそうだ。
 街中に店を構えている訳ではなく行商なのだそうで、上手く行き会えるかどうかという博打のような面があり、皆は味はもちろん、射幸心をくすぐられてわくわくしていたらしい。
 一生懸命捻出したのだろう小銭、特にきり丸なんかは死活問題の小銭と引き替えに、彼らは丁寧にくるまれた団子を受け取ったのだそうだ。
 団子をくるむところを、皆はちゃんと見ていたという。
 だが、それぞれが笹の葉で出来た包みを剥がしてみると、中にあったのは石ころだったのだそうだ。

「お団子が石ころになっちゃいました!」

 彼らはそう団子屋に抗議したそうなのだが、団子屋は「君たちも団子をくるむところを見ていただろう」と言うばかりだった。
 当然、押し問答になり、団子屋はとうとう子供たちに刃物を向けたのだという。
 何せ小銭がかかっているので、きり丸を先頭に刃物に投石で対抗しようとしたそうなのだが、残念ながら石は全部良い子たちに当たってしまい、結局、泣く泣く帰ってきたのだそうだ。

 僕なんかはせめてあの子たちが悲しい思いで一日を終えないように、なんとか褒め言葉を見付けるので精一杯だった。
 その意味では、真っ先にあの子たちに共感して、一緒に怒ってあげることの出来た三郎だって凄いんだ。
 だけれど、皆がおばちゃんのお菓子を食べて元気に長屋に帰ったあと、ほとんど無言で身を翻し、くだんの行商を追った八左ヱ門といったら。

「済みません。最近評判のお団子屋さんって、あなたですよね?」

 にこやかに近付いた八左ヱ門に、団子屋は「はい、お陰様で」とえびす顔で応えた。
 実際、この団子屋の評判を僕らは一度ならず耳にしている。ということは、団子屋としての腕は悪くないはずだし、接客もごく普通以上の態度を取っているはずだ。
 恐らく、一定の年齢以上の客には。
 だからこそ、八左ヱ門の顔から、すっ、と、表情が引いた。

「なら――あなたは何故、子供の小銭を取り上げるような真似をした? そんな小銭稼ぎをする必要があるほど、逼迫してるようには見えねえのに」

 何のことだ、と、言いさした男の瞬きする暇があらばこそ。八左ヱ門は既に男の懐に飛び込んで、首筋に小刀をあてがった。

「よしたがいいよ、そういう阿漕なことは。後ろを見てみな」

 うん、信頼されているってことかな。八左ヱ門に着いてきていた僕と三郎は、出来る限り嫌な笑顔を浮かべて団子屋の後ろに立ってやった。
 出来ればもうちょっと事前に相談が欲しかったところだけれど。もうちょっとで姿を現し損なうところだった。
 這々の体で逃げていった団子屋の背中を見送りながら、僕は八左ヱ門を「いいのかい? 忍びがこんな風に姿を見せて、一般の人間を脅しつけても」とからかっている。
 八左ヱ門は穏やかに眼を細めて言っていたよ。

「おれは忍びの前にあいつらの先輩だからなあ。第二第三のあいつらが出るより先に、懲らしめておきたかったんだ」

 ほら、これだから。

 僕はやっぱり八左ヱ門に敵わない。





2014/11/23 十忍十色 五年ろ組アンソロジー「三位一体」告知フライヤー 「不破雷蔵の段」

PRESENTED BY 五年ろ組愛好会
SPECIAL THANKS 祥子様